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霊足りの梟

作家 鼓道の独り言

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重たい感情に悩まされて

最後には自分を責めてみたり

それでもやはりとトゲのある言葉を吐いてみたり。。。


そんなときは

何か楽しそうなことも

美しいものも

本当は 心の中では「素敵」だと知っているものにさえ

目を閉じ、耳を塞ぎ、かたくなに心を閉ざしてしまう

でもね

それでいい

そういう時はそれでいい

それを そういう自分を

今は責めないで

それを受け止めることにしてほしい

それだって

とっても勇気がいることなんじゃない?




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2008.05.31 20:57 | メッセージ | トラックバック(-) | コメント(-) |
観音経、覚えた!

2008.05.27 20:04 | 徒然 | トラックバック(-) | コメント(-) |
サイバンインコ



って

コラーッ!


2008.05.24 08:07 | | トラックバック(-) | コメント(-) |
あなたに光が見えます。

誰もが幸せになれるんです。

苦しい道はもう終わりました。

いくらでも、豊かさを受け取って下さい。


そのためには、、、
この伝授とこのお祈りが必要です。


ほぅ。。。

なんだか大変なんだなぁ。

2008.05.16 06:25 | メッセージ | トラックバック(-) | コメント(-) |
思いのすれ違い

いや すれ違いとかじゃないな。。。

びっくりするような反応、感想。

きっと一人一人が色々だからだね。

それは当たり前のこと。

だからいちいち驚いたり、大きく反応するのもどうかとも思う。

うん。


例えば滝行。

色々説明するのがめんどくさい(w ので
あまりそういった話はしないようになっている
でも何かのきっかけで
「私、先日滝行へいってきたんだ」
なんて話しちゃったりすると
その一言がとんでもない効果をもたらすことがある

「パワーが欲しいの?」

というのが、一番不可解だった反応かな。

スピに片足でもつっこんでる(もしくは自分ではそう思っている、
そういう自分でありたいとアピールしている・w)人なんかは、
意外や意外。
無反応も多くて、それもなかなか「ほぉほお」というものだったけれど
(まぁ 宗教がかったものに反応しない・したくないという思いや
わからないものには触れたくないという感じが多かった気がしますが)

そこで飲み込んだのは
「なるほど。あなたは、パワーが欲しかったんだね?」
でしたね。

「行」に対する思いも
「パワー」に対する思いも
自身が行動をするために必要なものも
まったくお互いが見えないところにあるのだと
一瞬で理解できた感じがしました。

で、その方と接していてよくある「???」も
一瞬でとけました。

やるな、滝行!(?)


そうそう。霊場めぐりについても同じような事があったな。
「すっきりした?」

→「今の願いは、とにかくすっきりしたいんだね?」

そゆこと、なのですね。

ちっちゃいことですが
モヤモヤが晴れて
私自身もよかったです。

あぁ。
よかった。よかった。



2008.05.11 06:41 | | トラックバック(-) | コメント(-) |
理解できない考え方

できないのか、しようとしないのか

なんでもかんでも 同じでいる事はないよね。


世界中の人が同じ思想を持っているとしたら・・・

気持ち悪くね?



・・・

いや、気持ち悪いとかの問題じゃないけどさ。

そりゃ、ニュースなんか見てると

「こいつは許せねぇ」
「なんでこんなことになるのか理解できねぇ」
って、実際思いますよ、ええ。

だけどね
そういうことを言いたいんじゃなくて。

ちょっと別の視点でね

自分の考え方「だけが」 真実。
自分が真実だと思っていることが1番正しいと

そう思うことをやめればいいんじゃないかな。

それで

解決できることは、結構たくさんあるのではと。




2008.05.06 21:57 | 徒然 | トラックバック(-) | コメント(-) |
GW中に、車で。。。

2日の予定だったが、実際は3日かかった。
団体バスツアーなどでは、2日で結願するらしのだが・・・
道を知らないのもあるし、
ナビが非力なのもあるし、
何より
ほとんどの場所で、温かいお接待を受けさせていただいた。

2日目のある寺では、今回この霊場めぐりを知るきっかけとなった
住職さんと偶然でくわし(もちろん、その寺ではないのに。。。)
直接お礼をいうこともできた。
(私は次にその住職さんのお寺へ出向いたのだが
 その時すでに住職さんが戻っていたのにもびっくりした)

観音様とのご縁ももちろん
とにかく様々なご縁をいただいた。

いよいよ結願という時は、
一番思いいれのある寺へ。

そこで出会った観音様のお顔を拝見した時
涙があふれそうだった。

その観音様への思いだけではない。
結願という思いだけではない。
この寺への思いだけではない。

数ヶ月かけた謎がとけたような
そんな気がしたのだ。



2008.05.06 20:32 | 徒然 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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